行きつけのバー

行きつけのバー

行きつけのバーがある。長いカウンターだけの店だ。お客がいれば明るくなろうが開いている。

いつも静かにジャズ、深夜はシガーの煙。バカラの口当たりが華奢なことを知ったのもこの店だ。座ると、ゴディバのビターチョコが二枚出て来る。

行きつけのバー行きつけのバー

この日はドングリだけ食べさせて育てたという、イベリコ・ベジョータ豚の生ハムを切ってくれた。牛肉かと思うような赤身、濃いナッツの香り、繊細な塩気。美味しすぎてゾクッとした。

飲めやしないのに飲んだ気分になりたくて出かける。ノンアルコールのカクテルに工夫をこらしてくれる。通って10年にはなるのに、同じ物が出たことがない。一期一会、居合わせた客どうし後腐れのない会話。もれ聞こえる街の噂話。心地いい距離感で入ってくるマスター。

その声を耳元で聞いてみたいと思ったが、出合った頃の私は子供扱いだった。そのまま10年。願いは叶わぬまま、私のお相手を全員知っているのもこのマスターになってしまった。

行きつけのバー

「最近は落ちてる時しか来ないよね。でも頼りにしてくれて嬉しいよ」と笑われた。人に疲れた時に会いに行く「人」がいる。私のためだけにシェイクされる一杯を、しけた顔を隠してくれるほの暗い明かりの下で飲み干す。考え過ぎた頭を止めてくれる場所、そんな行きつけのバーが私にはある。


原稿の下書きメモ。忘れないうちに、ベッドで携帯から。
読みかえさず散文。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。